2014年5月10日土曜日

日記という名の物語

 11/9(Fri)晴れ

 始めに、私が日記を書こうと思った理由を綴りたいと思います。
 日記を書くのにわざわざ理由を説明するなんて、おかしいと思われるかも知れませんが、家族や友人に日記を見せるつもりはないので、別にいいでしょう。万に一つ、偶然日記を友人が見てしまって、そして私だと気付く、という可能性もありますが、それこそ万に一つ、まずあり得ないことでしょうから、気にしないでおきましょう。そんなことを考え出したら、好きなことを書けません。ウェブにアップしなければいいとも思えるのですが、なんとなく私は、この日記を見知らぬ誰かに見ていて欲しい。そうして、人との繋がりを持ちたいと思っています。……こんな詩的な表現で格好をつけてみましたが、きっと私は、ただ単に人に見られたいという欲求が強いだけなんでしょう。そしてこんな私をさらけ出すことができるのも、この日記の中だけです。普段の学校での私や、家での私は、自分でも嫌になるほど内向的で、人と話すことが苦手で、だからこそ、こうしてネットの世界に依存してしまっているのだと思います。
 かなり話が逸れてしまいましたが、ここで最初の話に戻したいと思います。私が日記を書こうと思った理由です。
 一つには、私が時間を持て余しているから、というのがあります。私は家に居ることが多いので、そうなるのは必然です。ネットで時間が潰せればいいのですが、どうも私は、ネットサーフィン? というのが苦手です。
 苦手の意味がわからないと思われた人もいるでしょう。ですが、本当に苦手なのです。自分でも説明しづらいのですが、なんとなく、新しいことをしたくないというか、知らない世界に飛び込むのが怖い、いえ、怖いと言うより、いけないことのような気がして……。やっぱりうまく説明できません。
 もちろん、ネットの友達もいました。携帯電話を持ってすぐは、憧れていた世界に少し興奮していたせいか、自分でも大胆なほどに新しいことに挑戦しようと思いました(これを大胆と思ってしまうことで、普段の私がどれだけ自分が引っ込み思案かわかってしまって自己嫌悪に陥りました)。
 その時にできた友達は、今はいません。他のところに行って、顔を出さなくなってしまいました。私はあの人たちのことをかけがえのない友達のように思っていたのですが、向こうは違ったようです。わかってます。ネットの友達にここまで依存している私がおかしいのです。でも、軽い喪失感があったのは否定できません。新しい友達を作る気にはなれませんでした。
 こうして考えてみると、私はそれほどネットの世界に依存しているとは言えないのかも知れません。ただ、他にすることがないからネットをしているだけです。そしてその中ですらすることがなくなってしまったから、今日記を書いているのが、私です。
 日記を書こうと思った理由は、他にもあります。それは、日記を書いてみたら、と友達に薦められたからです。リアルの友達です。少ないですが、います。
 日記を書いて、あとで読み返すと結構楽しいんだそうです。それに自分が人間的に成長できているかどうかがよくわかっていい、ということでした。それなら、と思って書くことにしました。これが一番の直接的な理由かも知れません。さっきの理由(暇だから、というのですけど)は、前からそうでしたから。
 もう一つ理由があります。ただ、これは大した理由ではないというか、どうでもいいことではあるんですが、一応書いておきます。
 気のせいだと思いたいんですが、最近人に狙われているような気がするんです。こう言うとよくわからないかも知れないですけど、危険を感じるというか、はっきり言うと命を狙われてるような気がするんです。電波なことを言い出した、と思われるかも知れません。ですので、信じなくても構いません。私自身確信があって言っていることじゃないですし、さっきも言ったように、この理由はついでのようなものですから。
 こんなこと友達に相談したら、それこそ頭のおかしい子と思われてしまいます。だから、相談できません。ここに書くしかないんです。ここに書いても意味がないですけど、せめて私に何かあった時に、この日記を読んで欲しいんです。助けて欲しいとかじゃなくて、つまりは遺書です。私はこんな人間だった、ということを、残したいんです。きっと杞憂でしょう。だからこれを読む人は、気にしないでください。それこそ、電波な女だと思ってくれて構いません。
 理由はこれで以上です。

 11/10(Sat)晴れ

 日記を読み返してみると、すごく暗いですね。自己嫌悪してばかりで。
 せっかくの日記ですから、もっと明るくいきたいと思います。無理をして明るくするんじゃなくて、自分の為にそうしたいんです。明るい日記のほうが、書いてる自分が楽しいですし、読み返す時にもきっと楽しいと思うんです。だから、できるだけ明るいことを書くようにしようと思います。
 さて、その前に、私が狙われてると思う理由を書いておきたいと思います。昨日書いた日記を書く理由、その二です。
 大したことじゃないんです。本当に。ちょっと人に見られてる気がするとか、怪しい人に道を聞かれたとか、その程度なんです。でも、それが気になるというか……。
 本当に漠然とした不安で、それこそ人に言われたら笑われるようなものばかりで……。危ない危ない。また自己嫌悪なことを書きそうになりました。
 そんなわけで、大したことじゃないんです。これ、さっきも書きましたね。とにかくそんなわけなので、できるだけ気にしないことにします。ただ、どうしても気になることがあったら、また書きたいと思います。多分、ないと思いますけど。

 11/11(Sun)晴れのち曇り

 今は毎日書き続けているこの日記ですが、恐らく、その内に書かないようになっていくと思います。
 私は、飽きっぽい性格です。勉強はともかく、趣味が長続きしたことはありません。日記を書こうと思ったことも、今回が初めてではありません。覚えているだけでも、三回は書こうとして、その内に書かなくなって、日記帳を捨ててしまうということを繰り返してきました。
 そう考えると、最初に書いた日記を書く理由その二も大した理由ではないように思えてきました。友達に薦められるまでもなく、日記を書くことの良さとか、ある程度はわかっているのですから。そもそも理由なんかないのではないかという気がしてきました。
 この日記はパソコンに書いていますから、捨てるということはないと思います。ですが、書かなくなる可能性は高いです。まあ、できるだけ長続きするようにがんばるつもりではありますが。いえ、がんばらないですね。日記は好きで書くものですから、がんばらずに楽しく書きたいと思います。
 私の生活に面白い変化があれば、それを書くことができるのですが、生憎私の毎日は、どこの高校生でも送っているようなありきたりなものです。ましてや私は積極的に何かをしようとする人間ではありませんから――また、自虐に入ってますね。いけない癖です。とにかく、私の生活を書いてもつまらない日記になりそうな気がするので、この日記に書くことは主に私の内面、思ったことを書くことになると思います。
 いつか私の生活に大きな変化が訪れて、この日記がその序盤みたいなことになったらいいなあと思ってます。きっと本当にそんなことになったら、つらくてつらくて、こんなことを願った自分を恨むことになるでしょう。でも、そんなことは知りません。今はただ、未来の自分には冷たく、この日記がノンフィクションの名作になることを願っています。

 11/13(Tue)晴れのち曇り 夕方にスコールあり

 言った側から、一日空けてしまいました。別にわざとやったわけではないんです。一昨日の日記が、日記を書かないための伏線だったというわけではないんです。
 昨日は、友達と買い物に行っていました。それではしゃぎすぎて、疲れてそのまま眠ってしまったんです。
 買い物をしてる時に、友達に日記を書き始めたことを話しました。そしたら、どうしてかウケました。何が面白かったんでしょう?
 友達にこの日記が見られているなら、笑われても不思議じゃないですけど、そんなことはないと思います。そうしたらあの子のことだから、もっとからかってくると思うんです。
 この書き方は、あまり一般的な書き方ではないですよね。だって、まるで人に語りかけるみたいに書いて。日記と言わずに、ブログと言ったほうがいいかも知れません。
 でも、今この日記を見てる人はいないんですよね。書き始めてから一週間も経っていませんし、人が読んで楽しいものではないですから、仕方ないんですけど、でも、寂しいなあと思います。
 現実で友達が少ない人は、ネットでも友達ができにくいんでしょうか? 友達を作る方法、誰か教えてほしいです。
 いつか、これを読んでくれる人には、すごく感謝します。今はいなくても、言葉がなくても、先でこれを読んでくれる人がいるかもしれないと思うだけで、寂しさが紛れます。
 ……どうしてこんなに暗い話ばかりになるんでしょう。もっと明るい話を書きたいです。
 自分の好きな話をしましょう。
 私の好きな物。
 小説なら、恋愛とファンタジー。あとお風呂、石鹸の香り。それに一人の時間、でも、友達と話してる時間も好き。友達が好き。お母さんも好き。料理も好き。料理とお母さんを並べるのは、変でしょうか?
 小説は、すごく好きです。読むのも好きですけど、書くのも好きです。将来は作家になりたいと思っています。
 作品を投稿したこともあります。二回だけですが、どちらも、賞は獲れませんでした。でもまだ諦めません。絶対に賞を獲って、作家になろうと思います。
 作家になりたいのは、自分の書いた本を人に読んで欲しいからです。自分の創ったものを見て欲しいと思うのは、普通のことですよね。
 私は自分が普通だと思えないので、自信が持てません。だからこの日記を書いてる時も、すぐに自虐に走ってしまうんです。実は、自虐して書き直して、っていうのを、何回か繰り返しています。
 でも、普通って難しいですよね。私は自分で普通じゃないと思っていますけど、人から普通じゃないと言われるとやっぱり傷つきます。そんな時に思うんです。
 みんなどうやって普通にしてるんでしょう? 普通の基準ってなんなんでしょう?
 人はみんな違うんですから、「普通」も人によって違うはずです。私にとっては私が普通で、でもそれが人にとっては普通じゃなくて……。たくさんの人に普通と思ってもらえる人が、普通なんでしょうか?
 私は、普通になりたいです。

 11/14(Wed)晴れのち曇り一時雨

 本を読んでいると、その話の先を勝手に作ってしまうことがあります。その通りに話が進むことはほとんどないんですが、話の先を想像するのは、本を読むのと同じくらい好きです。その内に、自分の想像した話を本にしたいと思うようになりました。膨らんだ想像を形にしたいと思いました。
 最初はそうやってすいすい話が書けていたんですけど、最近はどうも想像が膨らみません。きっと、小説を書くことが楽しいだけじゃないとわかってしまったからでしょう。
 小説を書いていると、辻褄が合わないところが出てきます。それを直すのが大変で、直していく内に、最初に想像したのと全く違う話になっていたりします。
 「キャラが勝手に動く」っていうの、本当にあるんですよね。別に、想像した世界の中で実在の人物みたいに動くわけじゃないですよ。そんな痛い人みたいなことを言っているわけじゃありません。つまりは、キャラの性格とストーリーが食い違う、ということです。
 作者の私はここでこのキャラにこう動いて欲しいけど、このキャラの性格からするとここはこうしないとおかしい、みたいなことです。それならそのキャラの性格を変えればいい、と思われるかもしれませんけど、そうするとまた別のところでストーリーと噛み合わなくなって……。
 そんな辻褄を合わせる作業が、小説には必要なんです。作家でもない私がこんなことを偉そうに書くのはどうかと思いますけど、そういう大変さがあって、それを最初の私は知りませんでした。だから、辻褄の合わない無茶苦茶な話や、書くのが大変な話でも、自由に想像することができたんだと思います。
 最近想像する時は、「この話を書くとしたらここが辻褄が合わなくなるだろうな」とか「この話は完成しても賞は獲れないな」とか「この話は書くのが大変そうだな」とか、そんなことを考えるようになりました。知ることは、自由を奪われることなんですね。
 「楽しんで書いた小説でないと、楽しい話にはならない」と、誰かが言っていた気がします。だとしたら、私が今書いている話は、楽しい話ではないでしょう。
 そもそも私は、楽しい話を書くのが苦手です。書くのはいつも、どろどろした恋愛物ばかりです。恋愛物でも楽しいギャグパートがあったり、心安らぐシーンがあったりするものですが、私はそういうのを書くのが苦手です。賞を獲れないのも当然ですね。
 恋愛物が好きな私ですけど、実はギャグ小説も、結構好きです。そういう小説を読んでいれば、いつか私も面白い話が書けるようになるでしょうか。でもそんなことを考えて本を選んだことはないんですよね。やっぱり本を読む時は、自分の為になる本よりも、自分が読みたい本を読みたいです。勉強するわけじゃないんですから。
 小説を書くのも、前はもっと楽しんで書いていた気がします。今も楽しいですけど、楽しいから今でも書いているんですけど、今は楽しいから、という理由よりも、賞に受賞するために書くという理由のほうが大きくなってきました。世知辛いです。
 楽しくないから、書くスピードも遅くて、いえ、前から私の書くスピードは遅かったんですけど、でも最近は本当に進まなくて、どうしたらいいのか……。プロじゃないから、スランプという言葉を使うのは間違いなんでしょうか。
 この日記を書き始めたのも、それが理由の一つかも知れません。楽しい想像ができなくなって、空想を書くことができないから、仕方なく現実を書いて自分の心を満たしているのかも知れません。日記は、自分自身の言葉だから深く考えずに書けるんですよね。思いついたままだから、執筆スピードも速くなって、気がつけば、もう五ページも書いてます。
 この日記を書いていると、少し落ち着くんです。自分が過ごしてる時間は無駄じゃないって思えるんです。おかしいですけど、時間は有り余っているのに、作家になる為の時間は全然足らないように思えるんです。早くしないと、私は作家になれないように思えて。
 勉強と違って、作家はどうすればなれるというはっきりしたものがないので、自分が進んでいる実感が得られません。それでも小説を書いている間は、少しずつ進んでいるんだと自分を納得させることができます。でも最近はその小説すら書けなくなって。
 ここでさっきの話に戻ります。日記を書いてる内は、進んでいる気がするんです。ただの気のせいなんですけどね。そんなわけで、私は逃げる為に日記を書いています。
 いつか逃げずに立ち向かって、このスランプ――スランプでいいですよね――スランプから抜け出して、それで、私が本当に作家になれないのか、なれるのか、見極めて、なれなかったら、それでも生きていけるでしょうけど、でも、
 なんて言えばいいのかわかりません。とにかく、がんばります。

 11/15(Thu)晴れ時々雨

 日付の下に天気を書いていて思ったんですけど、最近通り雨が多いですね。さっきまで晴れていたのに、急にざーっと降って、すぐに止む、みたいなのが。
 私が外に出る時間帯にはいつも止んでいてくれるので、我ながらラッキーだなあって思います。
 さて、今日は何を書きましょうか。
 そうだ。最近読んだ本の話をしましょう。「〇〇〇〇」という本です。ドラマにもなった、割と有名な本ですね。
 読んでいない人の為に、一応ネタばれしないように書きたいと思いますが、それでも嫌だという人は、飛ばして読んでください。
 私は、あの話のラストがハッピーエンドなのか、バッドエンドなのかわかりません。多分バッドのほうなんだろうなあという気はしますが、でも、一概にそうとは言い切れない面もあると思います。
 あの本を読んでいると、知ることが幸せなのか、知らないことが幸せなのか、わからなくなってきます。
 嫌なことがあっても、それを嫌なことだと知らなければ、本人は不幸にはならない。知ってしまえば、不幸になる。なら何も知らないままがいいのでしょうか? 赤ん坊のように無知なままで生きるのが、人間にとっては最高の幸せなんでしょうか?
 そんな幸せ、なんだか寂しいですよね。でも、
 でも、彼は元に戻ったからこそ、幸せになれるのではないか、とも思えます。
 彼があのままだったなら、きっと幸せにはなれなかったでしょう。私は本の先を想像することがよくあるって、前に書いたと思いますけど、彼があのままで幸せな人生を送ったという結末は、想像できません。それは何もドラマ性がないとかそういう話ではなく、彼の性格と、知性の使い方から、そう感じたんです。
 そう、性格です。人間が幸せになれるかどうかは、「性格」が重要になるんじゃないでしょうか。「人格」とも言えます。
 彼は結局、知性を得て幸せになれるだけの「人格」を持っていなかったんでしょう。彼は、知性を持っていないほうが良かったんです。だからあの終わり方は、ある意味ハッピーエンドだったんです。
 でも、本当のハッピーエンドは、彼が知性を持つに相応しい人格を手に入れて、周りの人たちと幸せに暮らすことでしょう。だから、あの終わり方はバッドエンドでもあります。自分で文章を書いている内に答えが出てしまいましたね。
 今、日記を書くのはいいことだなあと感じています。心の中で考えていても答えが見つからなかったことが、こうして言葉にすることで答えが見つかりました。
 これからも、日記を書き続けていきたいと思います。

 11/16(Fri)晴れ

 風邪をひいてしまいました。
 学校を休んでいるので、本当はこんな風に日記を書いていてはいけないのですが、少し落ち着いてきたみたいですし、暇を持て余しているので、これぐらいは許して欲しいと思います。まあ、許さない人がいるとしたら、それは自分自身ぐらいしか心当たりがないんですけど。
 昨日の夜、少し寒気がしました。まるで服が濡れているみたいな感じがして、くしゃみが止まらなくて、それですぐにお風呂に入って布団で寝たんですけど、どうも手遅れだったみたいです。
 実は私にとって、風邪をひくことはそう珍しいことじゃありません。大体二月に一回ぐらいは風邪をひきます。生まれつき身体が弱いんです。出席日数が危なくなるほどじゃないのが、せめてもの救いです。
 だから、私の部屋には風邪をひいた時のアイテムが色々と準備されています。電気ポットや、暖めるだけで食べられるおかゆや、保存の利くゼリー。
 パソコンでテレビも見られるので、割と快適な病床生活を送ってます。
 でも寂しさだけはさすがに埋められなくて、こうして日記を書いて埋め合わせをしています。
 夜寝る時は、よく小説のことを想像して眠ったりします。あの続きこうしようかなとか、もっといい結末はないかなとか考えて、いい案が思い浮かぶと、布団から出て携帯電話のメモ帳に書き込んだりします。その内に眠たくなくなって、一晩中携帯電話を打ち続けて、次の日の授業で眠気と戦わなくてはならなかったりします。
 風邪をひいて寝ている時も、同じようにして気を紛らわせます。でも、風邪をひいているせいか頭が上手く回らないことが多いです。
 だんだん頭がだるくなってきました。もう無理をせずに休むことにします。明日は、ちゃんと学校に行きたいと思います。

 11/17(Sat)雨

 私はよく嘘をつきます。
 意味のある嘘をつくこともありますが、ほとんどは意味のない嘘です。しかも、ほとんど意識しないで嘘をつきます。
 私は、会話の流れを重視してしまうのです。この流れなら、次のセリフはこうだろうなあというように、そしてあたかもそれが自分の意思であるかのように話してしまうことがあります。そしてそれが自分の意思と食い違っていることが、ままあります。
 嘘と言っても、それほど重要な局面ではないので、大抵が問題なく済みます。ですが、私の心の中には、いつも小さなしこりが残るのです。
 「キャラが勝手に動く」って、ありますよね。でも、私はキャラじゃないです。だから勝手に動くはずがないんです。私が悪いんです。本心で友達と付き合ってないから。
 だから、友達にも嫌われてしまうんです。
 ネットの友達と別れた時もショックでしたけど、ここまでじゃありませんでした。やっぱり、本当の友達のほうが大切で、
 いいえ、ネットの友達も、本当の友達でした。でも、あれは嫌われたわけじゃないから、だから今のほうが、ショックなんだと思います。
 私は、どうしたらいいんでしょう。
 会って、謝ったほうがいいんでしょうか。でも、話しかけたら余計に嫌われるような気がして、相手は、もう私と話したくないんじゃないでしょうか。
 何度シュミレーションして、話しかけようとしても、話しかけられなくて、小説の中の臆病な人みたいになって、そういうシーンを読んだ時、なんで一言言うだけがそんなに難しいんだろうって思ってましたけど、でもその人の気持ちがすごくわかる気がして、ああこの体験は小説を書く時の参考になるなあなんて思ってる。
 そんな最低な人間が、私なんです。
 本当に、どうしてあんなことを言ってしまったんでしょう。後悔しても遅いですし、今までだって、似たようなことをしてきたのでしょう。
 ただ、今回は運が悪かったんです。運が悪くて、私が悪かったんです。友達は悪くない。
 もう、私なんて死んでしまったほうがいいのかも知れない。
 死にたい。
 死にたい。
 ごめんなさい、これも嘘です。
 死にたいなんて嘘。死にたくない。死にたいって言ってるだけで、死にたくなんかないんです。もう本当に、こんな私は死んだほうがいい。
 もう嫌だ。生きたくない。死にたくもない。嫌だ嫌だ嫌だ。どうしたら、どうしようもない。わかってます。でも、死にたい。
 誰か、私を助けてくれませんか?

 11/18(Sun)晴れ

 昨日は嫌なことを書いてしまって、すみませんでした。
 今思うと、この日記を誰も読んでいなくて良かったです。もし誰かに読まれていたら、すごく心配をかけていたと思います。
 でも、もう大丈夫です。友達とは仲直りできていませんけど、もう気にしていません。死にたいと思うことだって、そんなに珍しいことじゃないんです。そう、風邪をひくのと同じくらいの感覚で、死にたいって思います。それに昨日も書きましたけど、本当に死にたいと思っているわけじゃないので。
 私は、自分が嫌いなんですよね。他人が嫌いなら、その人から逃げるかもしれませんけど、それが自分だったら逃げることはできませんから、だから、死にたいって思うんでしょう。
 本当に、酷い自己嫌悪です。もっと自分が好きになれるように、好きな自分になりたいといつも思います。
 そうすれば、きっと人からも好かれるのに。

 11/19(Mon)晴れ

 少し、おかしなことを書きます。
 最近、日記を見なくても日記を読めることに気がつきました。
 意味がわからないかもしれません。わかりやすく言うと、目の前にパソコンがない時、例えば、学校で授業を受けている時に、目を瞑ります。そうして日記のことを考えると、目の前にパソコンの画面が浮かぶんです。画面をスクロールして、日記を読むことができるんです。
 試しに、そうして読んだ日記の内容を紙に書いて、家に帰ってからパソコンの内容と照らし合わせてみました。これを読んでおられる皆さんにはもう予想がついていると思いますが、一字一句、全く同じ内容でした。
 あり得ないことではありません。日記に書いているのは自分で書いていることですから、記憶の片隅には残っているのでしょう。でも、それを目で見るようにして思い出せるというのは、おかしいことではないでしょうか。私は幻覚を見てしまうほどにこの日記に依存していたのでしょうか。
 見えるだけで実害はないので、放っておいても問題ないでしょうけど、少し気味が悪いです。

 11/20(Tue)晴れ

 こんにちは。
 これ、本当に書けているんでしょうか? 家に帰ってから、確認します。
 
 本当に書けていました。今、すごく驚いています。
 実は、パソコンを使わないで、頭の中の日記に書き込んでみたのです。そうしたら、本当に書けていたので驚いたんです。
 もう、私の記憶力がいいとかいう問題ではなくなりました。気味が悪いどころじゃありません。これって、超能力でしょうか? だとしたら、すごくしょうもない超能力です。何かの役に立つわけでもないですし。
 人に言っても信じてもらえないでしょうから、このことは、日記の中だけの話にします。そもそも話すような相手ももういません。
 友達とは、結局仲直りできませんでした。まだ諦めるのは早いという考え方もあるのですが、私はもう諦めました。一人で過ごすお昼ご飯にもようやく慣れてきましたし、これからは問題なく過ごせるでしょう。
 一人で過ごす時間も、悪いものではありません。好きなだけ小説を書くことができますし、読むこともできます。積んでいた本が、どんどんなくなっていきます。人のことを気にせずに、好きなことができます。
 そう思わないと、やってられないんです。慣れたなんて嘘です。いつまでも慣れません。寂しいです。
 仲直りしたい。でももう、目を合わせるのも怖いぐらいで、話すことなんて絶対にできません。
 朝起きるのが辛いです。もう、学校に行きたくないです。

 11/21(Wed)晴れ

 今、学校です。
 学校で日記を見る時間が増えました。休み時間はまだいいのですが、授業中に見るのはいけないことだと思います。叱られることはないでしょうけど、ちゃんと授業を聞いておかないと、私はそれほど頭が良くないので、成績が落ちてしまいます。
 でも、つい見てしまいます。今は三時間目の休み時間ですが、今日だけで今まで書いた日記を全て読み直してしまいました。
 最初のほう、改行が少ないですね。他にも直したいところがいっぱいあります。ですけど、こういうのも日記の一つなので、書き直したりはしません。「〇〇〇〇」にも、日記を書き直したいけど書き直さない、というシーンがありましたよね。
 あれは私の場合と違って、主人公の先生が、「書き直してはいけない」と言ったんでしたね。「間違った書き方も、記録として必要なものだから」とか言っていたと思います。私の考え方も、これとだいたい同じ感じです。
 間違った書き方も、改行が少なくても、その時の私を一番表わしているのが、今のままの日記です。だから、書き直しません。
 
 気軽に日記を書けるのって、ちょっといいですね。パソコンを開く時間がない分、便利です。我ながら呑気だなあって思います。
 更に呑気なことを言わせてもらえば、私が今している体験は、結構不思議なことで、それってつまり、私が日記を書き始めた頃に期待したことなんですよね。
 このままこの日記を書き続けていけば、ノンフィクションのSF小説が書けるんです。そう考えると、気味が悪いと思っていたこの現象も、案外いいものかも知れません。
 本当に、私って変な人間ですね。

 11/22(Thu)雨のち晴れ

 今、学校に行きながらこの日記を書いています。
 危ないかなとも思うんですけど、もともと私は、本を読みながら歩いたりしていたので、問題ないと思います。人間は並列処理のできる脳を持っているって、前にテレビで見ましたし、友達と喋りながら歩くのと大して変わりないと思います。
 喋りながら歩いている人って、結構迷惑ですよね。道を塞いで通れなかったり、ぶつかってしまったり。
 でも、なぜか本を読んで歩いている私のほうが、変な目で見られるんです。不思議です。いえ、不思議じゃなくて、そこまで迷惑をかけていないから、放っておいて欲しいというのが本音ですね。
 こうして日記を書くのなら、周りからも変な目で見られないから気楽です。この超能力がもっと進化して、家の本が頭の中で読めるようになればいいのになって思います。
 
 暇です。
 少し早く来すぎてしまいました。
 でも私は、あまり器用ではないので、時間ぎりぎりに来ることはできません。器用じゃないというより、臆病と言ったほうがいいでしょうか。
 物語ではたまに、時間に正確な人が登場します。五分前に着くとかではなくて、時間ぴったりに目的地に着くような人です。
 私は、そんなことはできません。途中で何か起こって、遅れてしまうかもと考えると、どうしても時間の十分前に着くように家を出ます。
 いえ、いいことだと思いますし、小説のように時間ぴったりに着く人というのはそうはいないのでしょう。ああいうキャラクターは、キャラを立てる為にそういう性格にしているだけで、実際に存在したら、かなりの異端扱いを受けると思います。
 キャラを立てる、というのは、簡単に言うと、キャラクターを目立たせる、という意味です。
 時間に正確すぎるのは、悪いことではないでしょうが、この世界では良すぎる人も異端扱いです。潔癖すぎるとか、優しすぎるとか、強すぎるとか、正しすぎるとか。
 そういう人が歓迎される時もあるでしょうし、場合によってはヒーロー扱いでしょうが、私はそれをうらやましい
 先生が来ました
 
 さっきの続きです。
 私はそれをうらやましいとは思いません。
 私は、普通になりたいんです。みんなに慕われる人間ではなくて、みんなに邪険にされない人間になりたいんです。
 そう考えると、今の私の環境は割と私が望むものなのかも知れません。誰にも疎まれず、何にも困らずに普通の生活が送れている今この瞬間に、感謝するべきかも知れません。
 
 私はやりたくないのに。どうして私なんでしょうか。
 この気持ちに、誰か気付いてくれないでしょうか。
 だいたい私がするのはおかしいと思います。提出物を集めるのは普通、日直の仕事でしょう。先生は日直を知らないんでしょうか。それとも私に嫌がらせがしたいだけなんでしょうか。
 でも私がこんなことを言えば、きっと不快な思いをさせてしまうでしょう。私が堪えて、言わなければ、みんな笑っていられるんです。その為に、私は我慢します。
 だから、最初に書いた気付いてほしいというのは、間違いです。
 
 少し、不思議な話をしようと思う。
 僕が書いた覚えのない文章が、勝手に書かれている。
 その話の前に、まず僕は皆さんに謝らなくてはいけないことがある。
 この日記に書いたのは全てが嘘、フィクションである。僕は高校生の女の子ではなく、三十近いサラリーマンのおっさんだし、そもそもこの日記に書いたような女子高生は存在しない。
 『ネカマ』というのがいるだろう。本当は男なのに、顔が見えないというネット環境を利用して女を名乗る人のことだ。つまり僕は、『ネカマ』だ。
 ある日、また日記を書き始めようと思いついた僕は、ただ書くのではつまらないと思った。また書かなくなってしまうのは目に見えていたから、少しでも長続きするような書き方はないかと考えた。
 そこで思いついたのが、このネカマ日記だ。もともと小説を書くことを趣味としている僕は、想像するのも好きだ。だから架空の女子高生を頭に思い描いて、その子に日記を書かせた。その女子高生は僕の理想の女性である反面、僕の悪い部分も多く併せ持った、僕の分身とも言えた。
 しかし、僕のこの試みも結局は無駄なことだった。日記は長続きしなかったのだ。
 少し話は変わるが、これを読まれているあなたは、三十歳、と聞いてどう思っただろうか? 若いと思っただろうか。年寄りだと思っただろうか。
 社会的に見ると、三十という年齢は若い部類に入る。働き盛りという奴だ。少なくとも僕の会社では、そうだ。
 そんな若造の僕には、ろくな休みがない。休む暇があれば仕事しろ。急な残業当たり前、という世界だ。
 だから、どんなに僕が日記を書きたいと思ったところで、寝る時間も取れない環境では、書くことができないのだ。
 それで僕は、日記を書くことができなかった。最後に日記を書いたのが、十五日だった。
 今日になって、やっと仕事に一段落ついたので、久しぶりに日記を書こうと思って自分のパソコンを開いた。そして見たのだ。書いた覚えのない文章を。しかも僕が想像していた以上に暗い方向に持っていかれてしまっている。
 いや、別に腹を立てている訳ではない。そこまで自分の作った女子高生に思い入れがある訳ではない。ただ、不思議なのだ。
 僕は自分のIDを誰にも教えていない。パスワードを紙に書いたりもしていない。全ては頭の中に入っている。酒に酔って教えた、という可能性もない。そもそも僕は、下戸なのだ。
 なら誰かが家に侵入して、パソコンを開いた? いや、それにしてもパスワードが必要だ。大体そこまでする理由が思いつかない。何の利益がある? 金も盗まずにIDだけ盗んで、それでやったことがネカマ日記の続きを書くことだと?
 今なお、全く理解ができない。だからこうして、日記に書き込んでいる。わからないなら、本人に直接聞いてしまおう、という訳だ。
 これを書いた人に問いたい。一体どうやって書き込んでいる? 目的はなんだ? そして、お前は誰だ?
 良識のある返答を、待ち望む。

 11/23(Fri)快晴

 一日考えてみたが、やはり他人が書き込んだというのはあり得ないと思う。パソコンに書き込むことができないというのも無論あるが、それ以上にこんなことをする理由が思い当たらない。
 そこで思いついたのは、僕自身が書いたという可能性だ。昨日このことに思い至らなかったことが恥ずかしい。
 しかし普通なら、これだけ長文を書いて忘れていることはまずあり得ない。仮に僕が記憶喪失になったとしても、日記を書いたという記憶だけダイレクトに忘れるなど、あり得ない。
 あり得るのは、僕が二重人格であるという可能性だ。書いていて恥ずかしくなるが、昨日書いたことのほうが恥ずかしいと思って我慢しよう。
 ここ数日のことを思い出しても、記憶が抜けているところはない。だがそれは、起きている時間のことだ。寝ている時間なら、身体を奪われても気付けない。
 つまり僕は、寝ている間にもう一つの人格に身体を奪われて、パソコンで日記を書いていたということだ。
 いや待て。日記を書かれている日の中には、会社で寝て家に帰っていない日も、あ、そうか。日付は自由に書けるのだから、問題はないな。
 だが、動機はなんだ? 人格に動機を求めるのはおかしいか? いや、おかしくないだろう。二重人格になるのには、原因があって、日記を書くという行動もその原因に関係があるはずだ。
 もしかしたら、ネカマ日記を書く内に、本当に女子高生の人格が芽生えてしまったとか? その人格が、日記を書いている? ……ないな。日記の中には、「学校で授業を受けている」と書いてある。この時点で嘘だ。
 僕はもしかしたら、仕事でストレスを感じていたのだろうか? そのストレスを発散する為に、もう一つの人格がネカマ日記を書いていたとか。だが、そこまでネカマ日記を書きたいと思った覚えはない。むしろそんなことをするぐらいなら、身体を休ませてくれと言いたい。
 結局、いくら考えてもわからない。しばらく、様子を見る他ないだろう。

 11/24(Sat)晴れ

 昨晩、実験をしてみた。自分が本当に二重人格なのかどうかを検証する為の実験だ。
 まず、片脚をロープで縛る。最初は腕に縛ろうとしたのだが、上手く縛れなかったので脚にした。
 次にそのロープの片側を、箪笥の取っ手に縛る。最後に両方の結び目を、結んだ上からマーカーで塗る。書き忘れていたが、脚を結ぶ前に、パソコンと携帯電話は手の届かない場所に置いておく。
 これで、ロープを解かなくては日記を書けない。そして一度ロープを解けば、朝起きた時にわかる。結び直したとしても、マーカーを塗っているから一目でわかる。試しに結び直してみたが、どれほど慎重に結び直しても、同じようには結べなかった。
 朝、ロープが解かれた跡はなかった。日記が書かれていないのだから、当たり前かも知れない。
 なぜ日記が書かれなくなったのだろう? 僕がネカマ宣言をしてから、今日で三日目だ。この三日間、一度も日記は書かれていない。僕が暴露してしまったから、第二の人格も書く気をなくしてしまったのだろうか? だとすると、次にもう一つの人格が現れるのは、どんな時だろう? 今回のように、無害な現れ方ならいいのだが。

 11/27(Tue)晴れ

 まだ日記に書き込みがされない。最初の二日はロープに脚を縛っていたが、一昨日と昨日はしなかった。面倒くさかった。
 しかし日記のチェックだけはしていた。なぜ書き込みが途絶えたのだろう。事の真相がわからない以上は、それも予想がつかない。

 11/28(Wed)晴れ

 決めた。明日、病院に行ってみよう。病院に行って、自分が夢遊病かどうか調べてもらおう。
 まだ日記に書き込みはされていないが、このまま放っておくのも据わりが悪いし、会社で第二の人格が出て大事になるのも嫌だ。
 明日パソコンを見て書き込みがされていなかったら、病院に行こう。
 
 こんにちは。始めまして。
 私が、あなたの言っている第二の人格です。
 でも、あなたの身体を奪っている訳ではないので、そこは誤解しないでください。これから順を追って話します。俄かには信じられないかも知れませんが、どうか聞いてください。
 あなたがこの日記に全てを打ち明けた日、十一月二十二まで、私は自分が普通の女子高生だと思っていました。自分の人生を何一つ疑問に思うことなく、平凡に過ごしていました。
 ですが二十二日、おそらくあなたが日記にあのことを書き込んだ瞬間から、私の心に異変が生じました。
 私は、自分が三十歳のサラリーマンだと思い込みました。自分はネカマで、本当は男なんだと思い込みました。
 ですが現実には、私は女です。会社勤めもしていません。その証拠となるものは、私の部屋の中にいくらでも見つけられました。
 そこで私が思い至ったのは、嘘の日記に思いを込めすぎて、自分が日記の世界に入ってしまったんじゃないかと言うことです。SFやファンタジーの世界でよくありますよね。
 ですがそれでも納得できませんでした。もしそうだとしたら、女子高生である自分の身体がなじみすぎていると思ったんです。日記に書いていないような記憶も、ちゃんと残っていました。単なる裏設定だと思うには、その記憶は鮮明すぎました。
 二、三日の間、私は母親や、周りの人に色々なことを聞いて回りました。自分の記憶が正しいことを実証したかったんです。みんなには、おかしな子と思われたかも知れませんが、もともと私はおかしかったので、気にしませんでした。
 その間にも、日記は更新されていました。いえ、私の主観では、日記は全て自分が書いたつもりだったのですが、それにしては、書いている内容が自分の今の状況と合っていませんでした。どうして自分はこんなことを書いているのだろうと、疑問に思いました。私の部屋のベッドは、箪笥から離れたところにあるので、結ぼうと思ったら部屋を横切るようにロープを張ることになります。そもそも、箪笥の取っ手はロープを結びつけられるような形ではありません。
 そのことに気付いた時、ようやく私は答えに辿り着きました。私は、日記を書いていると思い込んでいただけで、日記を書いている訳ではなかったのです。いえ、一部の日記は、私が書いたものなんでしょう。あなたが書いた覚えのない日記のことです。今書いているこの文章もそうです。
 ですがそれ以外は、すべて私が書いたと思い込んでいただけで、本当に書いたのはあなただったんです。
 私は、あなたの日記から創られた存在です。
 きっと私だけではないのでしょう。私が見ているこの世界は、あなたが創った世界です。
 この事実を受け入れるのに、かなりの時間を費やしました。物語を書きたいと思っていた私が、物語の住人であると認めるのは、かなり困難でした。
 あなたが「病院に行く」と言っているのを見て、認めるしかないと思いました。私を創ってくれたあなたに、これ以上迷惑をかけたくありませんでした。
 私がパソコンを開かなくても日記を見たり、書けたりしたのは、私が日記からできているからなんです。あなたはそんなことできませんよね? だったら、そのことが、そちらの世界が現実で、私の世界が虚構であるという証明になると思います。
 
 僕はサラリーマンだ。
 正直、頭がついていかない。馬鹿げた話だと笑い飛ばしてしまいたい気持ちも少なからずある。不法侵入や二重人格のほうがまだ信じられる。
 しかし、これを認めないことには話が進まないだろうし、認めたところで僕に損がある訳ではないから、今のところは信じておこう。
 女子高生くんに聞こう。君の話をまとめると、こういうことだろうか。
 ○君の住む世界と僕の住む世界は、別世界である。
 ○君、及び君の住む世界は、僕が持つパソコンの日記を再現して創られたものである。
 ○日記に書き込んだ記述は、君の世界にそのまま反映される。
 ○君は脳内でイメージすることにより、日記を読み、書き込むことができる。
 ○日記の記述に矛盾があると、君の精神に異常をきたすことがある。
 ○日記に書かれた記述であっても、それ以外の記述から、それが誤りであると判断できる場合は、君の世界には反映されない。
 
 やっぱり、信じられないですよね。私も信じるのに時間がかかりましたから、仕方ないと思います。
 後半の内容については、それで合っていると思います。短い時間でこれだけ丁寧にまとめられるなんて、やっぱり大人の人はすごいです。
 でも、最後の項目だけ、よくわかりません。どういう意味でしょうか。
 
 大人と子供の違いなど、在って無いようなものだ。それはともかくとして、最後の項目の意味を説明しよう。
 もし日記に書かれた内容が全て君の世界に反映されるとしたら、君の世界は矛盾に溢れた世界になるだろう。僕がネカマ宣言をした以降の日記すら真実として反映される。そうなれば世界として成り立たない。
 君の頭の中では、僕の書いた日記も君が書いたものとして受け取ってしまうのだろう? しかしさっき僕が書き込んだ内容は僕が書いたものとして認識している。自分が書いたと思うには矛盾が多すぎるからだ。これと同じことが、君の世界でも起きている。
 矛盾した内容は、どちらかが反映されない。どちらを優先するかは、おそらく真実味があるほうだと思われる。これは単なる僕の予想でしかないが。
 
 実は今でも、あなたの書いた文章を自分で書いたものだと思い込もうをしてる自分がいるんです。頭では自分が書いたんじゃないってわかっていても、どこか、頭の奥のほうで、自分が書いてるんだぞって呼びかけてくる私がいるんです。
 これが日記の力なんでしょうね。少しくらいの矛盾なら、なんとかしてしまいそうな気がします。
 
 君に聞いておきたいことがある。
 君は、自分がヒトに創られた存在だとわかった時、どう思った? 「受け入れるのに、かなりの時間を費やしました」とは書かれているが、それに対する感想はない。
 どれくらいショックだったのか。どういう風にショックを受けたのか。詳細を書いて欲しい。
 
 正直に言うと、それほどショックではありませんでした。むしろ、ちょっと嬉しかったです。
 私を創ってくれた人がいるってことは、その人は私のもう一人の親ってことになりますよね?
 世界との繋がりがほとんど切れかけていた私ですけど、こんな風に人と繋がっていたことが、すごく嬉しかったです。
 それに私は、あなたが望んだ私です。だから、私の嫌なところも、あなたならきっと受け入れてくれるんじゃないかって、そう思っています。勝手な思い上がりだとしたら、本当にすみません。
 
 思い上がっているとは言わないだろう、それは。
 それに勘違いして欲しくないのだが、君の悪い部分は、僕の悪い部分でもある。自分の分身だと、前に書いただろう。つまり君の悪い部分を見せられることは、自分の悪い部分を見せられているということになる。軽い自己嫌悪に陥りそうだ。
 そして何より僕が自分を嫌っているところは、自分を嫌っているところだ。
 だから君も、そんなに自分を卑下するんじゃない。もっと自信を持て。僕の為に。
 あと、親については、別に君がそう思いたいなら、そう思ってくれていい。こんな不出来な親でいいのなら、だが。
 
 ありがとうございます。あなたは、優しい人ですね。
 私も頑張りたいです。あなたの為にww
 今日はもう夜遅いので、寝ることにします。また明日、会いましょう。
 
 高校生をこんな時間まで起きさせてしまってすまなかった。僕のほうが気がつくべきだったな。
 おやすみ。また会おう。

 11/29(Thu)曇り時々雨

 おはようございます。仕事に行く人だったら、この時間はもう家にはいないのでしょうか? いたとしても朝は忙しいでしょうから、パソコンに向かう時間はないでしょうね。
 私は歩きながら日記を書けるので、こうして朝から日記を書けています。それほど嬉しくない超能力だと思っていましたが、この世界を創った人と繋がれる能力は、言ってみれば巫女とか、教祖とか、そういう人たちが持ってそうな能力ですよね。この日記に書くことも、単なる日記ではなく、あなたへのメッセージに変わりました。
 昼間はあなたからの返事はないでしょうが、こうして日記を書いているだけであなたと繋がっていると感じられます。これなら、学校にいても寂しさを感じずにすみそうです。
 ただ、この日記に頼りすぎるのは良くないと思うので、学校ではあまり開かないことにします。
 
 やっぱり、まだ寂しいです。
 今はお昼休みで、本を読んでいたのですが、なんだか眠くなってきたので、気分を変えるために日記を書いています。私は一度眠ってしまうと、目が覚めてからもボーっとしてしまうので、昼休みは寝ないようにしているんです。
 特に書きたいことがあったわけではないのですが、何を書こうか考えているだけでも楽しい気分になれます。傍から見たら、空中を見ながらニヤニヤしてる変な子に見えているかも知れません。ちょっとだけ恥ずかしいです。
 そうだ。せめて本を開いておくことにします。そうすれば少しぐらいニヤニヤしてても……。やっぱり変に見られますかね?
 でも私は、本を読んでる時に笑ってしまうことがよくあります。友達だった子からは、そのことでよくからかわれましたけど、本を読む人ならこの気持ちはわかりますよね? あなたはどうですか?
 
 あなたは忙しい人だそうですから、きっとまだしばらく帰ってはこないでしょうね。私も働き出したらそんな生活を送るんでしょうか。私はあまり丈夫なほうではないので、一日中仕事をするなんてできるかどうか、少し不安です。学校に行くだけでも、少しぐったりしてしまうんです。部活をやっていないのに、です。
 部活をやっている人は偉いですよね。勉強もして、部活もして、やっぱり楽しいから続くんでしょうか。私が小説を書いているのと同じような感じでしょうか。
 そういえば、あなたも小説を書くんですよね。いつか、読ませて欲しいです。あと、私のも読んで感想を聞かせて欲しいです。あなたが良かったら、ですけど。
 
 今、帰った。とりあえず僕は、本を読んでニヤニヤしていることはない。と思う。もしかしたら無意識にニヤニヤしているのかも知れない。そもそも僕が読むのは推理小説ばかりなので、笑えるシーンはあまりない。
 あと僕が書いている小説だが、これは趣味で書いている物なので、人に読ませる物ではないと思っている。ましてや、女子高生に読ませる物ではない(この意味は悟って欲しい)。君の書いた小説を僕が読む分には、全く構わない。この日記にでも書いてくれたら、時間のある時に読ませてもらおう。ただ、僕の評価は辛口だ。それでもいいなら、載せてくれ。
 
 官能小説を書いているんですか?
 そういう本は、私も何度か読んだことがあります。女子高生だって、それぐらいは読むんですよ。甘く見ちゃだめです。
 
 否定はしない。否定はしないが、これだけは言っておこう。
 男子だって、高校生の時に官能小説を読んでいる人間はそうはいない。文字で妄想できるのは、なかなか高度なことなんだ。もちろん、高度ないやらしさという意味だが。
 だから官能小説を読んでいることを自慢げに語ってはいけない。特に女子高生が語ってはいけない。
 あと僕が書いている物語は、そういうシーンが少し入っているだけで、別に官能小説ではない。勘違いしないように。
 
 否定してるじゃないですかww
 冗談ですよ。少し気にはなりますけど、読んだことはないです。さすがに恥ずかしいので。
 あなたの書いている話も、無理に読ませて欲しいわけじゃないです。もし私に読ませてもいい話が書けたら、その時に読ませてください。
 
 善処しよう。
 話は変わるが、僕は今日一日、この日記を有効活用することを考えていた。最初は日記の原理について考えていたのだが、早々に考えるのを諦めて、有効活用することを考えた。
 真っ先に思いついたのは、メモ帳として使うことだ。覚えておかないといけないことがあっても、メモ帳を取り出すのが憚られる状況だったり、メモ帳を忘れてしまったりする場合がある。そういう時に脳内の日記に書き込めれば、忘れないで済むだろう。
 しかし脳内の日記を使えるのは君だけだ。僕には使えない。そして先に挙げたような状況に、学生はあまり遭遇しない。なのでこの案は使えない。
 次に考えたのは、平たく言うとカンニングだ。君が学校でテストを受けている時に、わからない問題を日記に書き込めば、僕がそれに答えることができる。
 しかしこれも不可能だ。なぜなら、君がテストをするのは当然昼間のこと。その時間帯、僕は仕事をしている。だから家にあるパソコンを見ることはできない。
 今、いいことを思いついた。先の二つの案を合わせればいいのだ。君が教材の内容を日記に書き写して、それをテストの時に見ればいい。
 こんな風に考えてみたのだが、結局この日記を有効活用できるのは君だけらしい。まあ僕としては、寂しい独り暮らしに君とこうして会話できるだけでも、心が休まって助かっているのだが。
 
 あなたとの会話で助かってるのは、私のほうです。
 テストのカンニングの話は、私には必要ありません。カンニングはだめだとか言うつもりはありませんし、私の頭がいいということでもありません。私は頭は、良くも悪くもありません。
 私にカンニングが必要ないのは、進学するつもりがないからです。
 私は高校が終わったら、就職しようと思っています。というより、独り暮らしがしたいんですけど、そのためにはお金が必要なんです。親にお金を貰って独り暮らしするのは、自立できていないようで嫌なんです。
 だから、働いて自立しようと思ってます。だから、卒業さえできれば十分なんです。卒業できるぐらいの点数は取れているので、カンニングは要りません。
 それによく考えたら、この世界はあなたが創った世界なんでしょう? だったら、テストの点数が上がっても無駄じゃないですか?
 この世界がいつまで続くのか、どんな風に続いていくのかわかりませんが、テストよりも大事なことがあると思うんです。それが何なのかは、まだ私にもわかりませんけど。
 
 君の世界がどうなるのかは、当然僕にもわからない。しかし世界がどうあれ、君は自暴自棄になってはいけない。自覚はないかも知れないが、君は少し捨て鉢になっているのではないか? 先で後悔しないためにも、今すべきことはしておくべきだ。
 しかし、テストよりも大事なことがあるという意見には同意できる。君にカンニングが必要ない理由もよくわかった。
 ここでまた話が変わるが、明日、君は日記を書かないでいてくれないか? 理由は今は説明できないが、これは君のためにもなることだ。どうか聞き入れて欲しい。
 
 ? よくわかりませんけど、あなたがそう言うなら、明日は日記を書かないでいます。
 見るのはいいんですよね?
 
 見るのは構わない。あと、夜になって僕が日記を書いたら、君も書いていい。ありがとう、よろしく頼む。
 今日はもう遅いから、ここまでにしよう。おやすみ。
 
 はい、おやすみなさい。
 また明日。

 11/30(Fri)晴れ

 日記を書いたらいけないと言われましたけど、とても嬉しいことがあったので、書きます。ごめんなさい。
 喧嘩していた友達が、仲直りしようって言ってくれたんです。私すごく嬉しくて、少しだけ泣いちゃいました。
 まだ、本当に仲直りしたわけじゃありません。ただ、「仲直りしたいから昼休みに屋上へ来て欲しい」って言われたんです。
 もしかしたら嘘かも知れないって考えてる自分もいます。屋上に行ったら、笑われるかも知れないって、怖いです。でも、行きます。きっと昼休みが終わった後には、私は、友達をこんな風に疑ったことを自己嫌悪しないといけなくなるんでしょう。きっとそうです。
 屋上、行ってみます。昼休みが楽しみで、でも少し怖いです。
 
 良かった。
 嘘じゃなかった。
 屋上に行って、本当に良かったです。
 ただの勘違いだったんです。向こうもずっと、仲直りしたいって思ってくれてたんです。そのことがわかって、私、本当に嬉しかった。
 仲直りしようって言ってもらえなかったら、私はきっとずっとこのままだったと思います。本当に、いい人です。私とは大違いで、私の友達にはもったいなくて、また友達になれて、本当に良かったです。
 屋上で、一緒にお弁当を食べました。味なんてわからなかったけど、でもそれでも良かった。泣かないでって慰めてくれて、なんかわかんないけどウインナーくれて、すごくおいしかった。
 その後は、楽しかった。久しぶりに笑えた気がした。人と話すことがあんなに楽しいなんて、生まれて初めて感じたかも知れない。
 もうずっと友達でいたいと思った。
 
 仲直りできたのか。良かったな。
 これで君が自暴自棄になることはもうないだろう。
 
 ありがとうございます。あなたにも心配かけてたんですね。
 さっき気付いたんですけど、明日はお休みなんですよね。なのに遊ぶ約束をしてませんでした。仲直りが嬉しすぎたんです。
 でも、こんな時間に連絡したら迷惑ですよね。だから明日連絡を取って、明後日遊びに行きたいと思います。もしかしたら日記を書く時間がなくなってしまうかも知れません。すみません。
 
 謝る必要はない。こちらのことを気にかけていて実生活に支障を来たしてしまうのは良くないからな。存分に楽しんでくるといい。僕は君と違って、ネットサーフィンでも十分に楽しめるから、暇はしない。
 ところで君は、普段どんなところへ遊びに行くんだ? いや、単なる興味本位の質問だが。
 
 一人でいる時は、図書館とかが多いです。でも友達と遊ぶ時は、ほとんど買い物か、映画を見に行きます。友達は本を読みませんから。

 それは一人で遊ぶのよりも楽しいのか? 僕は自分の好きなことをする時間が何より楽しいのだが。だからこそ未だに独身……いや、これは言い訳だな。僕が独身なのは、ただ単に僕が陰気でモテないタイプだからだ。

 話を戻すが、友達に合わせて遊ぶのは楽しいのか? 念の為に言っておくが、別に意地悪で聞いているのではない。

 楽しいですよ。確かに友達に合わせてるんですけど、それは別に無理してるわけじゃないんです。そうしたいからそうしてるんです。友達と一緒に楽しく遊びたいって思ったら、自然とそうなるんです。それにそうしてると、一人で本を読んでいるのよりも楽しいんです。
 あなたはそういう人、いないんですか?
 
 いないな。僕は親しい友人を持ったことがない。親しくない友人なら何人かいるが。
 だから一人が寂しいという感覚もわからない。だから友達が欲しいとも思わない。このことを話すと、たまに哀れまれるのだが、別に僕は自分のことを哀れだとは思っていない。
 
 私は、どうですか?
 
 どういう意味だ?
 
 私は、親しい友人じゃないですか? 確かに私はあなたに創ってもらった子供で、そちらの世界からすれば実在しないただのキャラクターですけど、でもそれでも、私はあなたと仲良くなりたいと思っています。
 前に、親になってくれるって言いましたよね。私、もう一つわがままを言ってもいいですか?
 私と、友達になって欲しいんです。親しい友達になって欲しいんです。だめですか?
 
 そういう言い方をしたら断れない、とでも思っているのか?
 その通りだ。
 わかった。今から僕と君は友達だ。親しいかどうかはとりあえず置いておくとして、僕は君の創り主であり、親であり、友人である。それでいいか?
 
 嫌々みたいな書き方をしたが、別にそういうわけではない。僕は君のことをいい人間だと思っている。
 
 後から付け足してくれた一文が、すごく嬉しかったです。
 でも私は、人間じゃないですよ。ただのキャラクターです。だからあなたには、いつか本当の友達ができたらいいなって思ってます。
 ちょっとえらそうでしたか? すみません。なんか自分に友達ができた途端に、こんなことを書いてしまって。
 
 いや、構わない。それに確かに、友達のいない僕は、人間として劣っているのかも知れない。
 にしても、自分の作った人物とこんな風に会話できる日がくるとは思わなかった。自分の理想の女性像にしておいて、本当に良かった。もしこれで自分の嫌いなキャラクターだったら、速攻でパソコンを破壊していただろう。
 
 そうですか。
 
 ……?
 どうした? 素っ気ないな。何か気に障ることを書いたか? もしそうなら謝りたいのだが。
 
 いえいえ! そんなことありません!
 ただ、ちょっと、なんて返したらいいか悩んでしまっただけです。本当に深い意味はないので、気にしないでください。
 ところで、私はあなたが思い描いたままの私になれていますか? 前に「私が思っていたよりも暗い方向に進んでいる」みたいなことを書いていたと思いますけど、暗い私は理想と離れていますか?
 
 暗いところも含めて、僕の理想だからな。あまり明るすぎる女性は好みではない。
 それに思っていたよりも云々というのは、ストーリーの話だ。君が友達と仲違いするはずではなかった、という意味であり、別に君の性格が暗すぎるという意味ではない。
 
 そうですか。それを聞いて安心しました。これからもよろしくお願いします。
 
 ああ。こちらこそ、よろしく頼む。
 もう時間も遅いし、今日はこれで終わりにしよう。
 おやすみ。
 
 おやすみなさい。今日は本当にありがとうございました。

 12/1(Sat)晴れ

 朝起きてすぐに友達にメールを送ろうと思ったんですけど、よく考えてみたら友達は午前中は寝てる人でした。
 メールだけ送っても良かったんですけど、睡眠の邪魔をしたくないので、お昼を過ぎたらメールを送ることにします。
 とりあえず今からは、明日着ていく服を買いに行きます。買い物に行く為の服を買いに行くのって、なんだかおかしなことをしようとしてるっていう自覚はあるんですけど、なんだか明日はおめかししていきたい気分なんです。初デートって、こんな感じなんでしょうか。
 一応言っておきますけど、私が好きなのは男の人ですよ? 初デートはあくまで例えです。そういうつもりはないので、安心してください。
 
 試着室で鏡を見ていて思ったんですけど、私の外見はあなたの好みなんでしょうか?
 この日記に書いていることは私の内面に関することばかりで、私の顔とか、身体の話は書いていません。私を創ってくれたのはあなたですけど、この外見もあなたの設定通りなんでしょうか。
 でもそれにしては今ひとつパッとしないというか……。平凡な顔ですし、スタイルもあんまり良くないし、もしかしたらあなたは外見を設定するのを忘れていたんじゃないでしょうか。
 どうせなら胸がすごく大きいとか、絶世の美女とか、そういう設定をしておいて欲しかったと思います。創ってくれたことには感謝してますけど……。
 この日記が写真を載せられないようになっていて良かったです。あなたをガッカリさせないで済みます。
 
 買い物が終わりました。女の人は買い物が長いってよく言いますけど、私は女の割に早いほうだと思います。比べる相手が友達しかいないので、確かなことは言えませんが。
 もうそろそろお昼ですけど、友達はもう起きたでしょうか? いえ、自問ですけど。まだ寝てるような気がします。もうちょっと待ってから連絡します。
 家に帰ってからご飯を
 どうしたらいいんでしょう。誘拐されました。お願いです。助けてください。
 
 詳しく書きます。
 買い物が終わって、一人で歩いてたんです。そしたら急に後ろから、殴られたんだと思いますけど、よくわかりません。覚えてないです。
 それで気がついたらここにいたんです。ここというのは、暗くて小さな部屋です。窓と扉と水道以外に何もなくて、窓から外を見ても空しか見えません。水道もただあるだけで、水は出ないようです。
 両腕はロープで縛られていました。さらにそのロープは水道管に縛られていました。外そうとしましたけど、できませんでした。脚は縛られていないので、立ったり座ったりはできます。でもそれだけで、ほとんど歩くことはできません。ロープが短いんです。
 
 やっぱり、私の気のせいじゃなかったんです。本当にいたんです。私を狙ってる人。まだ信じられません。私、どうなるんでしょう?
 もしかしてこれもあなたの設定通りですか?
 
 そんなわけありませんよね。ごめんなさい。
 でもどうやって助けてもらったらいいんですか? 私とあなたの世界は別世界なのに、あなたが私を助けることができるんですか? できませんよね。私、どうしたら。
 せめて、助言をください。それか、私の怖さをなくせるような話をしてください。
 
 ロープを解くのが無理でも、切ることはできるかも知れないと思って、試してみました。噛んだり、地面で擦ったり、でも、すごく太いので切れそうにありません。
 
 よくある方法ですけど、病気のフリというのはどうでしょうか。私は演技はそんなに上手くないですけど、もともと身体が弱いですから、その分迫真に迫った演技ができるかも知れません。
 でも捕まったその日に病気なんて、怪しまれますよね。この方法は、もう少し時間が経ってから試すことにします。
 
 寒いです。本当に病気になってしまいそうです。病気になったら逃げられるとは思えませんけど、逃げるチャンスが増えそうな気はします。でも本当に病気だったら、チャンスがあっても上手く逃げられないかも知れない。
 逃げるチャンスが増えない、というのも考えられます。私が攫われた理由によっては、それもありえます。
 私はどうして誘拐されたんでしょう。もしかして、お父さんのことでしょうか?
 
 一体私たちにどれだけ迷惑をかければ気が済むんでしょう。お母さんがあんな風になってしまったのも、お父さんのせいです。お父さんが、いえ、まだお父さんが原因って決まったわけじゃないんですけど、それぐらいしか考えられません。
 今頃、お母さんに連絡がいってる? そしたら私を助けてくれる? わからない。助けてくれないかも知れない。
 どうしよう。見捨てられたらどうしよう。そしたら私、助かっても生きていけない気がする。お母さんに見捨てられたら、私はもう生きていけない。
 
 寒いです。本当に死んでしまいます。
 
 私が凍えていたら、扉が開いて男の人がストーブを持ってきてくれました。三十歳ぐらいでスーツ姿の、普通のおじさんでした。
 その時に、勇気を出して水と食べ物も頼んでみました。ペットボトルの水と、カロリーメイトがもらえました。もっと勇気を出して「手が塞がって食べられない」と言ったら、「なんとかしろ」と言われました。その人が喋ったのは、それだけでした。私は縛られた腕でなんとか口を開けて、食べました。
 とりあえず、あの人が私を殺すつもりがないとわかっただけでも、安心できます。
 
 生きるのに必要なものはもらえることがわかりました。これを利用して、なんとか逃げる方法はないでしょうか。
 あの人が近づいてきた隙に殴って気絶させて、……でもそれじゃあロープが解けません。あの人が何かロープを切れる物を持っていればいいと思いますが、どうもあの人は慎重な人みたいです。刃物を持って私に近づくとは思えません。
 そもそもどうやってあの人を気絶させたらいいんでしょう。食べ物すら投げて寄越すような人です。できるだけ私に近づかないようにしています。そんな人に隙があるんでしょうか。
 
 トイレの時だけ、ロープを外してもらえることがわかりました。縛られたままでバケツみたいな物にさせられるかも知れないと思っていたので、少し安心しました。
 この隙に逃げられないかと考えましたが、トイレに窓はなかったですし、二人も見張りがいたので、できませんでした。
 私が用を足したいと言った時、見張りはさっきの男の人だけでした。「少し待て」と言われて、待っていると、その内にもう一人男の人がやってきました。そこでやっとトイレに行くことができました。
 やっぱり私を誘拐した人は、すごく慎重な人みたいです。私みたいな女の子でも、二人いる時じゃないとロープを解いてくれないんです。
 
 扉の向こうの会話が少しだけ聞こえてきました。どうやら、見張りの人が片方帰ったみたいです。多分、最初にいた人が帰って、後から来た人が残っています。つまりは交替したみたいです。
 後から来た人は、さっきの人よりも若そうで、二十歳過ぎぐらいに見えました。身体はさっきの人よりがっしりしていて、強そうです。この人が見張りの時に逃げるのは、怖いです。
 
 今帰った。気付くのが遅くなってすまなかった。
 状況は大体把握した。今すぐ助ける。しばらく日記を書かないでくれ。
 
 助けてくれるんですね。ありがとうございます。このあとは絶対に日記を書きません。お願いします。
 
 少し時間がかかるかも知れない。だが必ず助ける。しばらく待っていてくれ。

 12/2(Sun)曇りのちみぞれ

 もしかして、と思うんです。
 今私がこの日記を書いたことにあなたが気付かないとしたら、もしかして。
 
 なぜだ。なぜ日記を書いている。書くなと言っただろう。君は助かりたくないのか。
 
 もう、遅いです。
 
 何がだ。
 
 いえ、何でもありません。書いてしまってすみませんでした。もう書きません。
 
 絶対に書くな。
 これは君を助ける為なんだ。
 助かりたかったら、書くんじゃない。
 
 なんだか、身体がだるいです。
 
 日記を書くなと言っただろう! 何度言ったらわかるんだ!
 
 本当にだるいんです。ストーブがあるのに寒いし、なんか、ただの風邪とかじゃないような。吐き気も。
 普通じゃないです。どうしましょう。しんどい。死にそうです。
 
 大丈夫か?
 僕には助けられない。見張りに声をかけろ。
 
 そいつらも君を殺すつもりはないのだから、なんとかしてくれるはずだ。
 
 くそ、これは逃がすどころじゃないな。
 
 呼びました。
 
 なんか、言い合ってます。医者を呼ぶかどうか。
 
 薬でいいとか、なんかあったらマズイとか、
 
 医者を呼ぶそうです。
 
 誘拐のことがばれないようにって部屋を移動させられました。
 
 がんばれ。医者が来てくれるなら、なんとかなる。気をしっかり持て。
 
 風邪じゃないってことは、インフルエンザか? もし余裕があるなら、病状をもう少し詳しく書いて欲しいんだが。
 
 まだか。まだ医者は来ないのか。
 
 来ました。
 今更ですけど、だんだん落ち着いてきました。吐き気もなくなって、薬を飲んだおかげでしょうか。
 もう、大丈夫です。
 本当になんだったんでしょう。やっぱり、誘拐されたストレスか何かで病気になったんでしょうか。それにしては、あっという間に治って、本当に不思議な病気でした。お医者さんも首を傾げています。
 
 お医者さんは、急性のインフルエンザだろうって言ってます。
 
 病気が治ったところで悪いんだが、医者はまだそこにいるな?
 
 はい、います。
 
 その医者に助けを求めろ。誘拐されてると言うんだ。
 
 でも、ばれます。
 
 喉が痛いと言え。顔を近づけるはずだ。そこで小声で伝えるんだ。
 
 言いました。聞こえたと思います。ばれてもいません。
 
 よくやった。これでその医者が警察に通報してくれるはずだ。
 
 すごく緊張しました。だって、いくら小声だからって、すぐ近くに男の人がいたんですから。ばれなかったのが不思議なくらいです。
 お医者さんはもう帰りましたけど、帰るまで平然としていました。すごくポーカーフェイスです。本当に聞こえたのか、不安になります。聞こえたと思うんですけど。
 
 思い返してみたら、あのお医者さんは来た時からほとんど表情を動かさない人でした。ポーカーフェイスじゃなくて、無表情なんです。きっと。
 それに私が「誘拐されてます」って言った時だけ、ぴくっと顔が動いたから、きっと聞こえたと思います。
 男の人たちは、すごく動揺していたんだと思います。私が病気になると、まずいみたいです。だから気付かなかったんでしょう。
 
 またロープで縛られました。ストーブの数が増えたのと、毛布が貰えた以外は、さっきと変わってません。
 
 あの、突然ですけど、私、謝らないといけません。
 
 何をだ?
 
 実は私、あなたが私を誘拐した人だと思っていました。
 
 は?
 
 なぜそう思ったんだ?
 
 本当にごめんなさい。
 理由はいくつかあるんです。どれも私の勘違いなんですけど。
 
 その理由というのを教えてくれ。
 
 私が寒いって言う前に見張りの人がストーブを持ってきてくれたこととか、見張りが交替した途端にあなたが日記を書いたこととか、あとあなたは三十歳のサラリーマンだって聞いてたので、なんか見張りの人がそれっぽいなって。
 
 まさか、僕が「日記を書くな」と言った後に日記を書いたのは、その疑惑と関係があるのか?
 
 はい。確認しようと思ったんです。
 スーツ姿の人が見張りに立っている間、あなたが日記のことに気付かなかったら、きっと私の考えは合ってるんだろうって思いました。
 それで、スーツ姿の人がいなくなってからあなたが日記を書いたので、やっぱりそうなんだって思いました。ごめんなさい。
 
 偶然が重なった訳か。
 しかし、なぜ誤解が解けたんだ?
 
 病気の時、スーツ姿の人も私の近くで慌ててたんです。
 その時にあなたが日記を書いていたので、勘違いしてたのかもって思いました。
 それでも、もしかしたら私と同じように頭の中で日記を書いているのかもしれないと思って、スーツ姿の人のことをじっと見てたんですけど、その人が喋ってる時も、あなたは日記を書いてたんです。
 これはさすがに無理だなって思ったので、私の勘違いだってわかりました。
 すみませんでした。
 
 いや、もう別に謝らなくてもいいのだが……。
 まさかそんな風に思われていたとはな。責める訳ではないが、かなり驚いた。
 君が暴走する前に誤解が解けて良かった。もし勘違いしたままで、君が僕に黙って何かをしていたら、取り返しのつかないことになっていたかも知れない。
 
 こんな私を心配してくださるんですね。ありがとうございます。
 
 当たり前だろう。僕は君の親で、友人なんだから。それぐらいの誤解で見放したりはしない。こんなことを書かせるな。
 
 ありがとうございます。
 
 なんだか、外が騒がしくなってきました。さっきのお医者さんが、警察を呼んでくれたのかもしれません。
 
 警察です来てくれました!
 
 よし! よくやった!
 
 良かった。これでもう大丈夫です。
 やっぱり、さっきのお医者さんが通報してくれたみたいです。見張りの人たちも捕まって、私は警察の人に助けてもらいました。
 本当にあなたのおかげです。ありがとうございました。
 
 僕のおかげと言っても、僕は助言しかできなかった訳だが、それでも君の心の支えになれたなら、光栄だ。
 これからは、一人であまり出歩かないようにしてくれ。
 それじゃあ僕は会社に行ってくる。と言っても、もう大遅刻だがな(笑)
 
 まだです。まだ助かってません。

FileName:新規テキストファイル.txt

 安全に助かる為には
 本人が逃げるよりも、警察が助けにきてくれるのがベスト。
 本人が人質に取られるようなことがあってはならない。
 僕は向こうの世界にどこまで干渉できるのか?
 彼女の思考をある程度書き換えることは可能。
 世界の法則を書き換えることは? おそらく不可能。私が不可能だと思っていること、彼女が不可能と思っていることは、不可能。
 出来るだけ真実味のあるストーリーにしないといけない。
 わからないことが多すぎる。彼女の世界は、彼女が中心になっているのか? それとも彼女の知らない世界も、ちゃんと世界として動いているのか?
 彼女は文字だけの存在だということも考えられるが、←考えても無駄。
 世界の法則を掴む為には、どうしたらいいのか。
 実験する? →彼女を装って日記を書く。世界がその通りになったら、実験成功。
 失敗したら? →彼女にこの実験のことがばれてしまう。この日記は自分が書いたものではないと気付く。日記の事象改変効果がなくなる可能性が高い。
 彼女の友達には、事象改変が通用した。でっち上げた通りに屋上に来たのだから、人間の頭の中は、改変できるはず。
 ただし、彼女の主観でわかる内容でないといけない。彼女は今捕まっていて、その状態でわかることといったら、見張りのことだけ。
 見張りの脳内を改変することで、見張りを外すことは可能→ロープが問題→トイレの時は外されるから、彼女がトイレに行った時に私が日記を書く。彼女を装って、「見張りがどこかに行った」と書く。その次は? わからない。リスクが多すぎる。
 やっぱり彼女が自分で逃げるより、警察に助けてもらうべき。
 警察が監禁場所を見つける必要がある。
 警察の脳内を改変することは不可能。彼女の主観で書けないことだから。
 見張りの脳内を改変する。どこかに行かせるのではなく、見張りに彼女が脱出する手伝いをさせる。
 不自然な改変は出来ないと思うべき。
 彼女がトイレに行ってる間に、見張りが喧嘩を始める。
 片方が「女の子を監禁するのはもう嫌だ」という。それで喧嘩。逃がそうとしてるほうが喧嘩に負けたらどうする?
 不自然ではないか。見張りが突然そんなことを言い出すのは。
 改変の範囲もわからない。前回は、「友達に『屋上で仲直りしたい』と言われた」と書いたら、本当に友達は屋上に来た。つまり、彼女が聞いたと思うこと、見たと思うことは、周りもそうしたんだと認識する。
 「トイレに入っている時に、『女の子を監禁するのはもう嫌だ』と言ってるのが聞こえてきました」と書く。→事象改変で、見張りのどちらかが、自分がそう言ったんだと思い込むはず。それと同時に、もう片方は、仲間がそう言ったと思い込むはず。
 「人を殴ってるような音が聞こえてきました」と書く。→どちらかが殴ったと思い込んで、どちらかが殴られたと思い込むはず
 この二つの改変があれば、喧嘩にするのは可能か? もし見張りの人間が気の長いニンゲンで、殴られたぐらいじゃ喧嘩にならないとしたら? 慎重な男だから、気が長いだろう。
 この改変は思い込ませることができるのは実証済みだが、事実を改変できるかどうかはわからない。
 喧嘩するしかないぐらいに、激しく殴り合っている様子を詳しく書く。→激しく殴り合っていたと思い込んだ見張りが、さっきまでの続きのつもりで喧嘩を始める。
 どちらかが倒れるまで喧嘩してくれたらいいが、そうならないかも知れない。そうならないと思うべき。そうならないとしたら、逃げるチャンスには繋がらない。
 「女の子を監禁するのはもう嫌だ」と言わせたところで、喧嘩している間に頭が冷めるということも考えられる。
 彼女自身が、「私がこんなことを書くはずがない」と気付いたことで、僕の存在に気付いたように、見張りも気付くかも知れない。「自分がそんなことを言うはずがない」と。
 誘拐した理由がわからない以上、気付くかどうかもわからない。
 警察。
 警察に気付かせたい。彼女の居場所を。
 「警察が来て助けてくれた」と書く。→見張りは、警察が来たと思い込む。
 →警察は? 実際に来てくれるのか?
 警察が監禁場所を突き止めた理由は、いくらでもでっち上げられる。不自然ではなくなる。
 しかし警察が来ていないのに、「来た」と書いた場合、どうなる?
 警察の誰かが、監禁場所に行ったと思い込むかも知れない。しかしすぐに行ってないと気付く。意味がない。
 病気のフリをするのは? 否、改変できるのだから、フリではなく、本当に病気なのだと思い込ませればいい。
 誘拐した人間は、彼女に危害を加えるつもりはない。おそらく何かの取り引きに使うのだろう。だとしたら、病気になると困るはず。
 医者に見せる。
 見張りにばれないように、彼女が医者に知らせる。「私は誘拐されています」。仮にそれが不可能だったとしても、僕がそれを日記に書いて、改変すればいい。そうすれば、医者は彼女が誘拐されているのだと気付く。
 医者が誘拐犯の仲間だとしたら? そこも改変して、普通の医者を呼ぶように仕向ける。
 医者が警察に通報して、警察が来る。助かる。
 所々無理があるが、改変でなんとかする。
 仮に失敗しても、この計画なら取り返しがつく。問題ない。

 助かってません。警察なんて来ていません。
 私はまだロープで縛られて、監禁されたままです。
 見張りの人が扉を開けて、「警察なんか来てないよな?」って言って出ていきました。それだけです。
 
 なぜだ?
 時間は十分に経った。もう警察が来てもおかしくない時間のはずだ。まさか医者の奴、通報しなかったのか? なんでだ?
 
 また私の勘違いかもしれませんけど、もしかして、私が友達と仲直りをした時と同じことをしたんじゃないですか?
 
 何のことだ?
 
 ごめんなさい。私、実は気付いてたんです。
 友達と仲直りした時、あなたが私のフリをして日記を書きましたよね。
 日記を有効利用する方法の一つだったんじゃないでしょうか。日記を使って私の世界を変えて、それで私たちを仲直りさせようとしてくれたんですよね。
 仲直りした時は気付かなかったんですけど、あとで考えたら、友達の言っていたことが変で、それで気付いたんです。
 こんな時まで黙ってて、すみませんでした。
 
 気付いていたのか。
 まさかそれが原因で、改変の力が弱まっているのか?
 くそ、こんなことなら、仲直りに使うんじゃなかった。今回が初めてだったら、君も自分で書いた日記だと信じられただろうに。
 
 いいえ、そうじゃないと思います。きっと、この日記に世界を変える力はないんです。
 友達と仲直りした時も、日記は何もしてません。日記が変えたのは、私の頭の中だけです。
 友達は、私が一人で屋上に上がっていったのを見て、心配して追いかけてきてくれたんです。だから、友達は私を屋上に呼んだなんて思っていません。
 私があとで変だと思ったのも、そのことでした。私は友達に呼ばれたつもりで屋上に行ったのに、友達は「私が自殺するんじゃないかと思って」とか言って、話が食い違っていたんです。
 仲直りできたきっかけにはなったので、どちらにしろあなたには感謝しています。でも、日記の力で仲直りしたわけじゃなかったんです。
 
 君の言う通り、日記に改変する力がないとしたら、前提からして大きく崩れることになる。
 そうなると、君を助け出す方法も変わってくる。
 突然だが、君の住所を教えてくれ。
 
 私の住所を聞いてどうするんですか?
 
 決まっている。君の家に行く。
 
 え? あなたの世界で私の住所に行っても、私の家はないですよ。だって私の世界とあなたの世界は別世界なんですから。
 
 そもそも君は、なぜ僕と君の世界が別世界だと思ったんだ?
 
 だって、私はあなたに創られたキャラクターなんですよ? 日記から生まれた存在なんです。
 あなたの創ったキャラクターがあなたの世界にいるなんて、おかしいじゃないですか。辻褄が合いません。
 
 この際だから言ってしまおう。
 君は、僕が創ったキャラクターではない。
 
 君はキャラクターじゃない。人間だ。僕と同じ。
 
 待ってください。でも、
 でも、あなたが書いた日記があって、それで私がいて、私はあなたの日記を覗いたり、書いたりできるんですよ? それって、私があなたの日記からできているからじゃないですか? それに同じ世界にいるって、人間って、そんなあなたの日記と私が全く同じなんて、そんな偶然あるわけないじゃないですか。
 
 これから、僕の考え順に述べよう。君は少し落ち着け。誘拐犯に不審に思われるぞ。
 
 はい……。
 
 まず僕が、君の言う話――君と君のいる世界は私が創った物だという話――を信じた理由から言おう。
 それは偏に、君と君の友人を仲直りさせることができたからだ。
 君の頭の中だけでなく、君の周りの世界を改変することができるなら、それは間違いなく君の世界が僕の日記から生まれたという証明になると思った。
 しかし日記にはそんな力はない。それなら、君の世界が日記から生まれたと証明できない。
 
 でも、私の世界があなたの日記から生まれた物じゃなくても、私は日記から生まれた存在かもしれないじゃないですか。
 
 君はなぜそこまで強く反論するんだ? なぜ自分が日記から生まれた存在だと思いたがるんだ?
 その理由はわかっている。君自身が前に言った。
 君は、繋がりが欲しかったんだ。友達と仲違いしたばかりだった君は、人との繋がりに飢えていたんだ。
 
 普通の人間は、自分が創られた物だなんて事実を、すぐには受け入れられない。しかし君は違った。それは勿論、ファンタジー小説が好きだからという理由も一部にはあるのだろう。しかしそれだけじゃない。君が求める仮説だったから、君はそれを真実として受け入れたんだ。少し考えれば、それ以外の仮説も考えられるのに。
 
 それ以外の仮説というのは、次のようなものだ。
 君は普通の人間で、日記も最初は普通の日記だったが、偶然にも君は、日記に書かれた人物像と一致していた。そこに不思議な力が働いて、日記と君の間に繋がりができた。
 繋がりができたことで、日記はただの日記ではなくなった。おそらくは繋がりを保つ為なんだろうが、日記に書かれた記述が、そのまま君の脳内に反映されるようになった。
 日記の力が及ぶ範囲が君の頭の中だけだと言うのなら、この説のほうが余程説得力があるだろう。
 
 どうしてそのことを話してくれなかったんですか? 話したらどうなったってこともないでしょうけど、でも、私は教えてほしかったです。ずっと前から気付いていたんでしょう?
 
 確かに、君の話を聞いた時に、すでに気付いた。だが、君が言ったように、話してどうなるものでもないだろう?
 それにこれも、君が言っていたことだ。
 〈知らないほうが幸せなことがある〉
 確か「〇〇〇〇」の話をした時だったな。
 君は、自分の仮説を信じることで、救われていた。それを否定することは、僕にはできなかった。
 
 いや、違う。
 ただ僕は、君に「親」と言われることが嬉しかったんだ。
 ずっと独りで、僕も人との繋がりに飢えていた。友達なんかいらないなんて、あんなのは強がりだった。
 君に「親」と言われて、嬉しかったんだ。これからもずっとそうありたいと思ったんだ。僕は、自分を騙してたんだ。君も騙してた。
 すまなかった。
 
 いえ、いいんです。
 それに、嬉しいです。
 私、そんなに人から求められたことって、なかったから。
 創ったとか、創られたとか、そんな繋がり、なくても良かったんですね。
 だって私とあなたは、親子じゃなくても、大事な大事な友達なんですから。
 
 ああ、そうだ。
 君と僕は、友達だ。いつまでも。
 
 ありがとうございます。
 
 こちらこそ、ありがとう。

 さあ、そろそろ住所を教えてくれないか?

 はい。
 私の住所は、〇〇県〇〇市〇〇……です。

 あの、どうしました?

 いや、何もない。返信が遅れてすまなかった。すまないついでに、名前も教えてくれないか?

 名前は、〇〇〇〇です。

 今更名前を教えるなんて、なんだか変な感じですね。

 あの……、本当に何かあったんですか?

 お願いです、何か言ってください。じゃないと、怖いです。

 すまない。

 いえ、私こそ催促してしまってすみません。

 どうかしたんですか?

 私、何かまずいことを言ったのでしょうか?

 何か言ってください。

 返事してください。

 返事してください。お願いです。

 もう一度聞きます。何かあったんですか?

後書き

 この日記は、一年前に、とあるウェブサイトで書いていた物を転載した物です。転載開始当初は、改稿はしないつもりでしたが、読者様の理解を深める為に途中でメモ書き『His Note』を挿入したことを、言い添えておきます。
 メモ書きは、事件後になぜかパソコンに入っていたテキストファイルを、そのままコピーしました。あの人が私を助ける為に書いたメモ書きに間違いないとは思いますが、なぜパソコンに入っていたのか、いつ入ったのかは、わかりませんでした。本人に確認することも、今はできません。
 『すまない』の一言を最後に、あの人からの連絡は途絶えてしまいました。何度も呼びかけたり、事件の後でわかったことを話したりもしたんですが、結局返事はありませんでした。
 今となっては、あの人が本当にいたのかどうかさえわからなくなってきました。名前も知らないあの人は、もしかすると私が創り出した空想の産物なのではないかと、そう考える自分もいます。
 しかし、絶対にそんなことはありません。あの人がいないなんて、そんなことはありません。きっと何か、返事ができない事情があるのだと思います。
 私とあの人とは、パソコンを介して四日間会話をしただけでした。それ以外の接点はありません。
 それでも私は今、彼に会いたいと思っています。彼と話ができない今この時が、辛くてたまりません。自分でも驚くほどに、私は彼のことを親身に思い、彼に依存していました。

 話は変わりますが、私が助けられたのは、あの人との連絡が途切れて三日経ってからでした。お父さんの元部下だという人が現れて、助けてくれました。それ以来、助けてくれたその人と度々会うようになって、一年経った今ではすっかり仲良くなりました。
 その人と出会ったことで、私のお父さんに対するイメージは大きく変わりました。その人は言いました。お父さんがいなかったら、今の自分はいないと。仕事一貫の人なのに、自分のことだけは命懸けで助けてくれたのだと。とても感謝していて、娘である私を助けただけでは恩は返しきれていないのだと。
 私としては、複雑な気持ちでした。
 お父さんは家庭を顧みない人でした。だからお母さんと離婚することになったのです。離婚してからも、しばらくは会ってくれていました。しかし死ぬ一年ほど前からは、会う暇もないほど仕事に没頭していました。
 そうやって父が仕事に没頭したことで、助けられた人がいたのです。そしてその人に、私が助けられたのです。
 とても綺麗な話ですよね。物語にできそうな程です。でもこれだとまるで、お父さんが正しかったみたいです。私を捨てたお父さんが正しかったなんて、そんなのは嫌です。
 助けられた次の日がちょうど父の四年目の命日で、私はとりあえずお父さんにお礼を言っておきました。しかしお父さんが私にお礼を言われて嬉しいと思うのかどうかはわかりません。それどころか、死ぬ前のお父さんは私のことなんて忘れていたのかも知れません。

 途中からは書く必要のないことまで書いてしまいました。駄目ですね、私は。
 ここからは後書きらしく、この日記のことについて書きたいと思います。
 あの人がこの日記の力についていろいろと推測を立てていましたが、その中ではまだはっきりとしない部分がいくつかありました。私はあの人ほど頭が良くないのですが、一年という長い時間の間にそういうところにも気づくことができました。主に二つあります。
 まず一つ目は、この日記が現実に及ぼす影響についてです。
 この日記が影響を与えるのは私の頭の中だけだと、長い間そう思っていました。しかしよくよく考えると、そう結論づけるにはまだ材料が足りていません。
 あの人が日記に嘘を書いた時、それを読んだのは当然、私とあの人だけです。でももし、日記を他の人も読んでいたら、その人も日記の内容を事実だと思い込んだのではないでしょうか。
 そして更に、日記を世界中の人が読んでいたとしたら、現実が日記に合わせて改変されていたのではないでしょうか。
 次に二つ目ですが、私がこの日記に嘘を書いた場合どうなるのか、ということです。
 あの人は、日記に嘘を書いて事実を改変しようとしました。それと同じことを私が自分でした場合、どうなるのでしょうか。
 自分で嘘だとわかっているのですから、普通に考えれば何も起こりません。しかし自分自身を騙すことができれば、できるのかも知れません。
 とは言っても、全ては推測です。大体こんなことを考えても、何かが変わる訳ではありません。暇潰しにしかなりません。読者様には、無駄な文章を読ませてしまいました。すみません。
 私、謝ってばかりですね。こういうところは一年前と変わっていません。これ以上謝るのもどうかと思いますので、この辺りで締めさせて頂きたいと思います。
 この日記を読んで下さった皆様。貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございました。
 最後に、このような半端な形で終わってしまうことを、深くお詫び致します。
 
平成25年12月3日       泉崎 香苗

 3/14(Fri)晴れ

 僕はサラリーマンだ。
 一年半近く経って、やっと話す決心がついた。
 あの時は、一方的に連絡を絶ってすまなかった。本当に悪かったと思っている。だが君も言っていたように、あれは仕方なかったんだ。その辺りの事情を、これから話したいと思う。
 結論から言おう。僕が君と会いたくなかった理由は、僕が君に嘘をついていたからだ。
 僕はサラリーマンなんかじゃない。どころか、仕事すらしていない。ただのニートで、ひきこもりだ。この年でニートだなんて、正に人間の屑だろう? そう、僕は屑だ。負け組だ。
 毎日のように後悔している。どうして自分はこんな風になってしまったんだろうと。どれだけ悩んでも、この問題を解決することはできないし、原因は突き止めることもできない。いや、原因は僕自身なんだろう。わかっているが、認めたくない。
 君に自暴自棄になるなと言った時。あの時僕は、君と自分を重ねていた。君と僕とは似ているところが多い。だから余計に君のことが心配になった。君は僕のようにはなって欲しくないと思った。
 そして君が誘拐された時。僕は君が創り物ではなく実在する人間だとわかって、とても嬉しかった。しかし同時に、怖くなった。君と会うことが。
 言い訳をさせてもらうと、僕は怖くて家が出られなかった訳ではない。家は出た。
 しかし久しぶりに出た外の世界は、恐怖の連続だった。とにかく人の目が怖くて、僕は身体の震えを止めることができなかった。
 それでも君を助けるという使命感があったから、しばらくの間は耐えられた。しかしそれは、しばらくの間だけだった。
 僕は君の家まで辿り着くことすらできずに、自宅に逃げ帰った。
 すまない。あの時の僕は君を助けられたかも知れないのに、助けなかったんだ。本当に屑だ。こんな人間は、死んだほうがいい。
 謝っても許されないほどのことをしたと思う。文字通り、僕は君に会わす顔がない。
 この一年半、ずっと自虐の念に苛まれてきた。それと同時に、たまらなく君に会いたかった。図々しいことに僕は、自分から会う機会を潰しておきながらそんなことを願っていたんだ。
 君が助かったのを、日記を見て知った。そこだけは、良かったと思えた。
 君が僕と会いたがっていることも、日記を見て知った。辛かった。
 ずっと悩んでいた。どうするのが正解なのかと悩んでいた。
 僕は君と会いたい。君と会って、話したい。だが僕にその資格があるのか? 今更どの面さげて会うと言うんだ?
 一年半、ずっと悩み続けて、ようやく答えが出た。
 僕はやはり、君に会いたい。
 例えその結果として、君に嫌われることになっても。
 これから、君の家に行く。今度こそ辿り着いてみせる。どうか待っていてくれ。

 嬉しいです。

 嬉しいです。もう、それ以上の言葉がありません。
 待ってます。いつまでも。だから、必ず来てください。来てくれると信じています。

 12/5(Fri)

 捏造するんじゃない。誰がニートの引きこもりだ。

 確かにうまく書けていると思うし、このシナリオ通りに改変されたとしても僕にはそれほど害が及ばないだろう。それにしたって、だ。
 ここまで駄目人間にすることはないだろう。君の中の僕は、ここまで情けない人間なのか?

 いや、確かに僕は情けないが、ここまでではないと思いたい。

 おい、いないのか? 何か言ってくれ。

 本当に、あなたですか?

 なんだその質問は。僕はサラリーマンだ、とでも言えばいいのか?

 私が創った妄想じゃなくて? 嘘じゃなくて? 人違いでもなくて? 一年前の、あの人ですか?

 そうだ。

 良かった。本当に、良かった。嬉しいです。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。会いたかった。話したかったです。良かった。

 正直、ネットで三日足らず話しただけの人間にここまで思い入れるとは思わなかった。

 だって、そんなの仕方ないじゃないですか。
 それに、時間とか関係ありません。私はあなたのことが、本当に、本当に好きだったんです。

 いや、僕のことだったんだが。

 どういう意味ですか?

 正直、ネットで三日足らず話しただけの君に、僕がここまで思い入れるとは思わなかった。

 この一年、君と話したくて仕方なかった。

 私もです。

 良かったです。そこだけは、私の書いた話の通りだったんですね。あなたが会いたいと思ってくれていたこと、すごく嬉しいです。

 どうやったらこの思い、伝わるんでしょうか。伝えたいけど、文字だと伝えられないです。今の気持ちは、
 もう、もう、言葉じゃ伝えられません。こんなんじゃ私、作家にはなれませんね。

 あなたに聞きたいことがたくさんあったんです。でもなんかもう、全部どうでもいいです。もうあなたとこうして話せただけで、全部どうでもよくなりました。

 本当は、話すつもりはなかった。

 このまま終わるつもりだった。だが、心が弱くなっているんだな。独りで、孤独で、耐えられなかった。

 何があったんですか?

 覚悟していたはずだった。一年前に。
 だが寂しくて、このまま誰にも知られずに終わるのは、嫌だった。

 何の話かわかりません。
 やっぱり聞かせてください。何があったんですか?

 話さない。
 心が弱っても、ここだけは譲れない。なぜならこれが、私の生きてきた意味なのだから。

 私と関係があることなんですよね?

 君とこうして話せただけで、報われた気がするよ。
 正直、自分のしていることが正しいのかと疑問に思うこともあった。この地位を手に入れる為に、捨ててきた物がいくつもあった。だが、あれで良かったんだ。僕の人生は、これで正しかったんだ。今ならそう思える。

 やめてください。まるで

 まるで、死ぬみたいに聞こえます。

 君に頼みがある。

 何ですか?

 明日一日、僕に付き合ってくれないか?

 それは、会いたいという意味ですか?

 いや違う。

 今やってるように、日記越しで会話してくれればいいんだ。
 頼む。学校もあるだろうが、この日記なら授業中でも会話ができるだろう?

 それはもちろんいいですけど、でも、何があったのかを教えてください。

 ありがとう。
 悪いが、教えることはできない。

 今日はもう眠い。悪いが休ませてもらう。おやすみ。

 ……おやすみなさい。

 12/6(Fri)

 おはようございます。
 昨晩布団の中で考えたのですが、今日は学校を休むことにします。
 あなたとの会話に集中したいんです。それぐらい、私はあなたと話すことを楽しみにしていたんです。
 学校には仮病の連絡を入れておきます。

 私はいつでも待機していますので、好きな時にメッセージを入れてください。

 朝ごはんを食べてきました。いつもより早いペースで食べてしまいました。急ぐことはないんですけど、なんだか心が落ち着かなかったんです。

 今、本を読んでいます。あまり内容が頭に入ってきません。好きな作家さんの作品なんですけど。
 今日はミステリーはやめて、ライトノベルを読むことにします。

 ライトノベルって、いったいなんなんでしょうか?
 いえ、なんとなくはわかるんですけど、この前友達に聞かれた時に答えられなかったことを思い出して、それでなんなんだろうと思ったんです。
 文庫本サイズで挿絵が多い物なのかと考えたんですけど、よくよく考えたらこれに当てはまらないものでもライトノベルって呼ばれてるものはありますし。
 よくわからないです。

 あの、すみません。まだですか?
 勝手に学校を休んだのは私ですけど、でもちょっと待ちくたびれました。
 いつまでも待ってますから、できるだけ早く連絡してください。

 駄目です。やっぱり、話が頭に入ってきません。文字の上を目が滑ってしまいます。こんなこと、初めてです。
 仕方ないので、ちょっと外を歩いてきます。仮病がばれるとまずいので、マフラーを顔に巻いていくことにします。

 寒いです。やっぱり十二月ですね。もう少し着込んできたら良かったと後悔しています。
 特に行くところもないので、宛もなくぶらぶらと歩くことにします。

 人に見られたらいけないと思うと、どこに行くのも躊躇われますね。寒いので、早くどこかに入りたいんですけど。
 本当に困りました。どこか行くところ、ないでしょうか。

 行くところを、思い出しました。

 今日は、父の命日でした。

 正直言って、お墓参りなんて行く義理はありません。しかし他に行くところもないので、行ってきます。
 今の私の格好は、お墓参りに行くような格好じゃないですけど……ちょうど、私が父の死を悼む気持ちをうまく表しているように思います。このままの服装で行くことにしましょう。

 電車に乗りました。お墓のある場所まで電車で20分ぐらい。少し遠いです。

 私は、小さい頃はお父さんのことが大好きでした。お母さんよりも好きでした。
 お父さんは仕事一筋の人で、滅多に家に帰ってきませんでした。私はいつも、お父さんが帰ってくる日を楽しみに待ってました。いったい何を楽しみにしていたのかは、自分でもよくわかりません。
 お父さんは、別にお土産を買ってきてくれるわけではありませんでしたし、私に優しくしてくれる訳でもありませんでした。むしろ無愛想で、私が何か話しかけても、「ああ」とか「おう」とか、それぐらいしか返事をしてくれませんでした。それでも私は、お父さんが好きでした。どうしてでしょう?

 考えてみてもよくわかりませんでした。でももしかしたら、話をちゃんと聞いてくれたからかも知れません。
 返事は無愛想でしたが、聞き流したりはしない人でした。私が可愛い犬を見たという話をした時、三日ぐらいしてから犬の本を買ってきてくれたのを覚えています。なぜ覚えているのかと言うと、その本に載っている犬が全然可愛くなくて、むしろ怖かったからです。

 怖くて泣いてしまった私を見て、お父さんは面倒くさそうに、その犬の話をしてくれました。本自体は、犬の写真を載せただけの本だったのですが、お父さんがそこに物語を付け加えてくれました。
 途端にその犬が可愛く見えてきました。

 それから私は、お父さんにお話をねだるようになりました。普段は忙しくて話してくれないので、お風呂に一緒に入っている時に石鹸で身体を洗いながら、話してもらっていました。
 お父さんのする話は難しい話が多くて、たまにお母さんに怒られたりもしました。
 その内に、お父さんは物語を書いた本を買ってきてくれるようになりました。お土産をあまり買ってこないお父さんでしたが、本はよく買ってもらいました。

 電車が目的地に到着しました。ここからは歩きです。

 そういえば、「○○○○」もお父さんに買ってもらったんです。あれは確か小学校六年生の頃で、買ってもらったのは長編です。今考えると、あれは小学生に読ませる本じゃないと思います。いい本ではありますが。

 私は、お父さんが大好きでした。だからでしょうか。急に会ってくれなくなったお父さんが、憎くて憎くて仕方ありませんでした。

 何度も会って欲しいと言いました。それでも会ってもらえませんでした。その内に着信拒否されて、お母さんにも会ってはいけないと言われて、私はついに諦めることに決めました。
 でも、諦めきれなくて、送らないメールを書いてみたり、お父さんに貰った本を読み返してみたりしました。
 送らなかったメールは、今でも残っています。
 最初のほうは「会いたい」という内容が多いのですが、後のほうは恨み言が多くなっています。

 もうすぐ墓地に着きます。私はこれからお墓参りしてきますけど、もしあなたがパソコンを開いたなら、気にせずメッセージを送ってください。もともと今日一日は、あなたにあげるという約束ですし、お父さんよりもあなたのほうが大切ですから。

 着きました。お父さんのお墓の前に、お父さんの部下だった人がいます。
 少し、話をしてきますね。

 今、電車です。

 いつになったらメッセージをくれるんですか?

 メッセージ、くれるんですよね? まさか、このままお別れなんて、そんなことないですよね?

 お願いです。何か言ってください。

12/7(Sat)

 返事がないってわかってるのに、日記を書く意味はあるんでしょうか。

 ないです。ありません。なのに私は、誰に向かってこの文章を書いているんでしょう。
 今でもまだ信じたくありません。でもあなたはやっぱり何も言ってくれないし、どう考えても、そうとしか思えない。

 嫌だ。認めたくない。ここにそれを書いたら、認めてしまうことになって、現実になってしまいそうで、嫌です。
 お願いです。何か言ってください。あなたが何か言ってくれたら、全部解決するんです。

 何の話だ? 僕なら普通にここにいるんだが。

 違う。こんなのあの人じゃない。もう駄目だ。騙せない。自分を騙せない。出来ないです。

 昨日、お墓の前で、一年前に私を助けてくれた人と鉢合わせしました。お父さんの部下だった人です。
 その人が、全部教えてくれました。
 一年前に私が助けてもらえたのは、偶然じゃなかったんです。お父さんが死ぬ前に言い残していったんだそうです。五年後に私が誘拐されるから助けて欲しいって。
 それを聞いて、私は全部わかりました。

 お父さんが死んだのは早朝でした。だから、昨日のあの時点でもう、手遅れでした。
 もう、ここに書く理由はありません。でも、書いています。あの時と同じです。私は、相手に届かない言葉を書いているんです。

 昨日はずっと泣いていました。日付が変わった頃に目が覚めて、私は過去の日記をもう一度読み返しました。
 そこで気になったのは、日付です。
 日付には年は書いていません。2012年の11月と、2007年の11月は曜日が同じでした。
 でも2013年と2008年は一つずれていて、それで一昨日の日記を確認したら、やっぱりずれていました。
 昨日このことに気づいていれば、もっと話ができたかもしれないのに。
 それに、僕はサラリーマンだ、って。あれは嘘だったんですね。それもそうですよね。誰が読むかわからないのに、本当のことを書けるわけがありません。

 でも、なんでですか? なんでそんな勝手なことしたんですか? せめて私に相談してくれれば、言えたのに。
 やめてって。
 そんなことして欲しくないって。

 あなたに生きてて欲しかった。あなたと話がしたかった。もっと、あなたと分かり合いたかった。

 わかってます。あなたが助けてくれなかったら、私は今ここにいないって。あなたはそれがわかったから、命懸けで、誘拐犯の狙いなんて、日記に書くんじゃなかった。

 ごめんなさい。私、ずっと酷いことばかり言って。何にもわかってなかった。
 あなたは、私のために、こんなにがんばってくれてたのに。
 私は、あなたのこと嫌ってばかりで。

 本当にごめんなさい。お父さん。

 あと、ありがとう。

 やっぱりお父さんは、私のお父さんだった。悲しいけど、そのことがすごく嬉しい。お父さんは、私のこと好きでいてくれてた。
 私の好きな人が私のお父さんで、私のお父さんは、私のために命をかけて私を助けてくれた。
 それが伝わって、すごく嬉しかった。

 私の思いも、伝えたかった。でも、

2/3(Mon)

 久しぶりです。お父さん。

 あれから2ヶ月が経ちました。2ヶ月経った今でも、私の頭からはあなたのことが離れません。

 正直に言うと、それがつらい時もありました。あなたのことを思うと胸が痛くて、苦しくて、もう思い出したくないと思って、死んだあなたを心でも避けている時期がありました。
 ごめんなさい。

 2ヶ月経って、何とか心の整理はついて、あなたと向き合う覚悟ができました。
 胸の苦しみもあなたの思い出として受け入れる覚悟ができました。

 あなたのことを忘れるなんてできません。きっと私は、いつまでもあなたのことを覚えています。
 そして、覚えているだけではありません。私はあなたを生き返らせてみせます。

 この日記は、五年前と繋がっています。この日記に書いたことを、五年前の誰かが見てくれることもあるはずです。
 そして五年前には、その更に五年前に繋がっている日記があっても、不思議ではありません。だったら、この日記は過去に自分の思いを伝える手段になるはずです。

 そうやって過去に働きかけて、あなたが死んだという過去を変えるつもりです。雲を掴むような話と思われるかもしれませんが、それが本当に掴めない雲なのか、もしかしたら掴める雲かも知れません。わずかでも可能性がある限り、私は諦めません。それぐらい、私はもう一度あなたに会いたいんです。

 あなたからすれば良い迷惑なんでしょうね。昔はわからなかったあなたのことが、今は手に取るようにわかります。私がこんな風に考えていると知ったら、きっとあなたは怒りを通り越して、呆れさえも通り越して、悲しむのだろうと思います。
 でも、あなたを生き返らせたいと私は思います。

 本当は、私のこの思いは嘘かも知れません。ただ私はあなたの死をまだ受け入れきれていなくて、悲しみを誤魔化す為にこうして生き返らせる方法を模索しているのかも知れません。
 でも、どちらにしても自分の為にしていることに違いありません。だったら、私は前向きに生きていく道を選びます。

 いえ、これも見栄を張っているだけかも知れません。わかりません。まだ私には、私がわかりません。心の整理なんてついてません。きっといつまでも私はこのままなのでしょう。

 言いたいことがたくさんあります。でも言いません。誰にも伝わらない日記の中でも、それは言いたくないことです。
 代わりにお礼を言います。前にも言いましたけど、これだけは何度言っても言い足りません。

 お父さん、ありがとう。

 これからも、こんな風に話をしていきたいと思います。
 そして私の為に死んでくれたお父さんの為に、私はいつまでもお父さんの望んだ私でありたいと思います。

 では、また。

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